マチヅモ
お久しぶりです。
まあ、近況として特に書くことはありませんが、
アーティチョークを食べるようになったり、
タタミイワシが好きになったり、
80年代の日本シリーズのDVDをみたり、
炊いてから24時間ほど炊飯器に放置した残飯でチャーハンを作ったり、
朝は豆をひいてコーヒーをいれたり
最近するようになった。
で、マチヅモですが、
この言葉、もしかすると「マチズモ」という表記だったかもしれないけど、初めて見たのは石原慎太郎の「弟」の中でである。
慎太郎の弟である石原裕次郎が損得を顧みないで自分のやり方を貫いたエピソードが語られる時に
「それが弟なりのマチヅモだたのだろう・・・」
とかいう感じで書かれていたわけなんだが、サッパリ意味がわからなかったんで、自分で勝手に
「石原慎太郎の世代なんてまあ終戦直後の『麻雀放浪記』の舞台と同じようなもんだから、『リーチして当たり牌ふられててもロンなんかしないで自分でツモるまで待ちそしてラス牌をツモってしまうような男らしさ』を石原慎太郎なりに『マチヅモ』と呼んだのであろう。」
などと解釈しながらもこの言葉が出てくる度にこの苦しい説明に違和感をぬぐえ去れなかったわけであった。
で、さっきメキシコで暮らした人が書いた本を読んでいたら、
「メキシコ人の男らしい男と言うのは『マッチョ』と呼ばれる、更にスペイン語で『男らしさ』というのは『マチスモ』ということになる」
ということがさも当たり前のように書いてあった。
英語で言えば(言わないかもしれないけど)「マッチョイズム」みたいなのがスペイン語になると「マチスモ」なんだろう。
それを慎太郎が言うと
「マチヅモ」
なわけだと合点した。
まあ、英語にしてもスペイン語にしてもアルファベットつかってるし大体似ている。
この間デンマーク人と飲む機会があったが、まあ、英語ペラペラだったが「デンマーク語」というのがあるらしい。
それはドイツ語(しかも、ドイツ語の中でも有る地方の言葉?)に似ているらしく、ドイツ人とはなんとか言葉が通じたり通じなかったりするらしい。
そのデンマーク人によると彼のお姉さんは「5外国語をマスターしている」ということだった、レパートリーは
「ドイツ語」
「英語」
「イタリア語」
「フランス語」
「スペイン語」
まあ、実際便利なんだろうし、周りのアメリカ人やヨーロッパ人は「すごいねー」とかヨイショしてるけどさ、正直「なんだかなー??」って思っちゃうわけ。
中国語とかアラビア語とか入ってこないとね、あんまりすごくない感じがする。
まあ、なんと言うかアルファベット使ってさ、後は単語とか発音がどうこうとかそんなんだけでしょ?
「それぞれの方言に教科書作っちゃえば言語」
みたいな感じでさ、方言みたいのが「教科」になっちゃってさ。
関西弁だって大阪府教育委員会がさ「関西語」みたいな教科書を出版社に作らせたらそれは独立した「言語」になっちゃって、関東人からすれば「学ぶべき言語」になるんだと思うんだよね。
「関西弁」
「名古屋弁」
「博多弁」
「北海道弁?」
「業界用語」(夜でも「オハヨー」とかそういうやつ)
余裕じゃない?
俺らだって中国人となら筆談で結構深い意思の疎通できるしね、「喋る」か「書く」かの文化形態の違いであってさ、ヨーロッパ人が「五ヶ国語喋れる」って言ってるのは多分まともにかけてない場合が多いだろうし、俺らはさ「中国語書ける」って言っても間違いじゃなくて、その代わり全然喋れないというね。ことなんだけど。
なんて、
「俺らから言わせりゃ同じ様なモンをさ「国境」で分けて「教科書」で分けて、「何ヶ国語」だとか言われても何だかなあー・・」
なんて思ってたけど、
アジア人俺1人、その他はヨーロッパ人アメリカ人という空気とか、上に書いたことを論理的に展開する英語力なんかあるわけ無いのにそんなこと言えるわけもなく、来るわけも無い「待ちヅモ」を続ける私であった。
Makoto at 23時12分00秒 | Comments (1)
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Yuanying at 2007-09-11 23:19